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演じる

  • ムサ・コジ
  • 2018年6月19日
  • 読了時間: 2分

【演じる】 私たちは役者です。 様々な場面において、その場面に応じた役を演じます。 ある時は、母であったり、父であったり、会社員であったり、経営者であったり、消費者であったり、妻であったり、夫であったり、恋人であったり、学生であったり、息子であったり、娘であったり、善人であったり悪人であったり、男であったり女であったり、、、とにかくその場面に応じた役を演じています。 そして、その役を上手に演ずる名優になることを世間は求めてます。 私たちもいつのまにか名優になろうと必死に努力します。 世間はとても強く求めはしますが、演ずることを必死に努力してもそれほど褒めてはくれません。 しかし、ちょっとでもその役のセリフ(台本)を間違えると、さあ大変です。 世間の観衆は血相をかえてブーイングするでしょう。 それは、完璧にその役を演じてきていたとしても、同じです。 少しでもヘマすると容赦なくブーイングするでしょう。 役者は観衆がいるから成り立ちます。 役者は観衆によって、生かされたり、けなされたり、捨てられたり、忘れられたりします。 このような具合ですから、役者は観衆の下僕・奴隷と言えるでしょう。 ですから、まるで自由ではありません。 まるで、解放されることはありません。 しかし、私たちは名優になろうとして必死に頑張るのです。 すぐに忘れ去られるのに、です。 さて、私たちはここで真面目に考えてみる必要があります。 すべての“役”を降りたとき、“役”を完全に離れたとき、そこに在る“あなた”は一体何者なのでしょう。 役を演じていないあなたは一体何者なのでしょう。 素(本当)の私とは一体何者でしょう。 それが、真のあなたと言えるのではないでしょうか。 しかし、そのような“私”を知る人はほとんどいないのです。 ブッダは、完全に解放された真に自由な“私”というものが、どのようなものか教えて下さっています。 そして、そこに至る道も説いて下さっています。 演じる必要がない私。 すべての役から解放された私。 完全に素の私。 さて、どのような“私”なのでしょう。

すべての生命が幸福でありますように。 すべての祝福がありますように。

ムサ・コジ ダンマセッション〜悩み苦しみからの解放に向けて…“私”をありのままに理解するために


 
 
 

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