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なぜ差や優劣があるのか


業(kamma)について少し書いてみます。

お釈迦様が業について説かれたものがあります。 『小業分別経(しょうごうふんべつ経)』Cūlakammavibhaṅga-sutta(チューラカンマヴィバンガ・スッタ)という経典があります。その一部をご紹介します。 ガンゴダウィラ長老の法話より引用させていただきます。 ある日、バラモンの息子であるスバという青年がブッダに、「なぜ人のあいだには差があるのですか?優劣があるのですか?」と質問します。

なぜ短命な人もいれば、長命な人もいるのですか? なぜ多病な人もいれば、健康な人もいるのですか? なぜ醜い人もいれば、美しい人もいるのですか? なぜ影響力の弱い人もいれば、影響力の強い人もいるのですか? なぜ貧しい人もいれば、豊かな人もいるのですか? なぜ身分の低い人もいれば、身分の高い人もいるのですか? なぜ愚かな人もいれば、賢い人もいるのですか? なぜ人のあいだには、このような差があるのですか?

とブッダに尋ねました。

ブッダは、「個々の人がおこなう行為によって差や優劣が現れ、結果がもたらされる」ということについて順番に説いています。

ある女性/男性は、殺生します。

その者はその業により、死後、悪趣(地獄、餓鬼などの苦しみの世界)に生まれ変わります。もし、悪趣に生まれ変わらず、人間として生まれ変わったら、その者は短命になります。

ある女性/男性は、殺生から離れます。

その者はその業により、死後、善趣(天界など楽の世界)に生まれ変わります。もし、善趣に生まれ変わらず、人間に生まれ変わったら、その者は長命になります。

ある女性/男性は、生命を傷つけます。

その者はその業により、死後、悪趣に生まれ変わります。 もし悪趣に生まれ変わらず、人間に生まれ変わったら、その者は多病になります。

ある女性/男性は、生命を傷つけることから離れます。

その者はその業により、死後、善趣に生まれ変わります。 もし善趣に生まれ変わらず、人間に生まれ変わったら、その者は無病になります。

ある女性/男性は、短気でよく怒ります。

その者はその業により、死後、悪趣に生まれ変わります。 もし悪趣に生まれ変わらず、人間に生まれ変わったら、その者は醜くなります。

ある女性/男性は、怒りから離れます。

その者はその業により、死後、善趣に生まれ変わります。 もし善趣に生まれ変わらず、人間に生まれ変わったら、その者は美しくなります。

ある女性/男性は、嫉妬します。

その者はその業により、死後、悪趣に生まれ変わります。 もし悪趣に生まれ変わらず、人間に生まれ変わったら、その者は影響力のない人になります。

ある女性/男性は、嫉妬から離れます。

その者はその業により、死後、善趣に生まれ変わります。

もし、善趣に生まれ変わらず、人間に生まれ変わったら、その者は影響力のある人になります。

ある女性/男性は、布施をしません。

その者はその業により、死後、悪趣に生まれ変わります。 もし悪趣に生まれ変わらず、人間に生まれ変わったら、その者は貧しくなります。

ある女性/男性は、布施をします。

その者はその業により、死後、善趣に生まれ変わります。 もし善趣に生まれ変わらず、人間に生まれ変わったら、その者は富裕になります。

ある女性/男性は、尊敬すべき人を尊敬しません。

その者はその業により、死後、悪趣に生まれ変わります。 もし悪趣に生まれ変わらず、人間に生まれ変わったら、その者は低い家柄に生まれます。

ある女性/男性は、尊敬すべき人を尊敬します。

その者はその業により、死後、善趣に生まれ変わります。 もし、善趣に生まれ変わらず、人間に生まれ変わったら、その者は高貴な家柄に生まれます。

ある女性/男性は、「善とは何か、不善とは何か、罪のあることとは何か、罪のないこととは何か、何を習うべきか、何を習うべきでないか、何をおこなえば自分に長く不利益になり、苦となるのか、何を行なえば自分に長く利益になり、楽となるのか」と沙門やバラモンに近づいて質問しません。その者はその業により、死後、悪趣に生まれ変わります。 もし、悪趣に生まれ変わらず、人間に生まれ変わったら、その者は愚かになります。

ある女性/男性は、「善とは何か、不善とは何か、罪のあることとは何か、罪のないこととは何か、何を習うべきか、何を習うべきでないか、何をおこなえば自分に長く不利益になり、苦となるのか、何を行なえば自分に長く利益になり、楽となるのか」と沙門やバラモンに近づいて質問します。その者はその業により、死後、善趣に生まれ変わります。 もし、善趣に生まれ変わらず、人間に生まれ変わったら、その者は賢明になります。 といった内容の教えが『小業分別経(しょうごうふんべつ経)』にあります。 過去・過去世でなした業が、結果として今現われるわけです。

人のあいだに差や優劣があるのは、過去・過去世の業によるもの、ということです。

ということは、今の私たちの行為(業)が未来・来世を創ると言えるわけです。

長生きをしたいのなら生き物を殺さないこと、

健康でいたいなら生き物を傷つけないこと、

美しくなりたいのなら短気で怒らないようにすること、

影響力のある人になりたいのなら嫉妬しないこと、

お金持ちにになりたいのなら布施をすること、

高貴な家柄に生まれたいのなら尊敬すべき人を尊敬すること、

智慧ある者になりたかったら、沙門やバラモン、つまり真理・事実を理解している者に聞くこと、といったことを今実践することになります。

ちなみにこの経典で説かれているように「“ある”女性/男性」が対象となるわけですから、すべての人ということではない、ということです。あてはまるのは一部の人だけということです。

また、この経典では単純に業について説かれているのですが、業はそんなに単純なものではありません。 その辺については『大業分別経』により詳細に説かれています。 この経典は業に対する理解の序章のようなものと言えるでしょう。

しかしもちろん、ここで説かれていることも業そのもののことなのです。 いずれにしましても、私たちは今の行為(身口意)に気づき、その行為が不善なら善に、善ならさらなる善に意図的に、強制的に変えていくことをしなければなりません。

その時の気分・感情で無智のまま行為することから離れないといけません。 でないと、悪趣に堕ちるか不幸な環境に堕ちることになるでしょう。

ちなみにブッダの説かれる業は運命論とは違います。 確かに私たちは業によって行為している(生きている)と言えるのですが、ブッダは無常を発見され説かれるのです。 つまり、すべての現象は瞬間瞬間因果法則(縁起)により変化生滅し続けているのが真実・事実なのですから、今この瞬間の行為にさえ注意し続ければ問題ないことになります。 今この瞬間の行為が原因となり、その結果が将来現われることになるのですね。 業も無常なのです。

滅し続けているのです。

ですから、執着することはない、深刻になることはない、ということですね。

そのまま潔く放っておくことです。

引用させていただいたガンゴダウィラ長老の書籍(Kindle)はこちらとなります。 『大業分別経』についても引き続き書かれてあります。 また、お読みいただけたらと思います。

三宝のご加護がありますように。 すべての祝福がありますように。


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